天人閣の思い出

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 2020年は、新型コロナウイルス感染症のため、特に春から夏にかけて仕事がなく、金もないのにブラブラするのが日常となっている。「どっか行きたい病」とでもいうべきか、その発作が日常的に起こってしまうものだからたまらない。

 旭岳の紅葉を見に来たついでに、私の好きな天人峡を訪れた。2018年まで、崖崩れのせいで見ることができなかった「羽衣の滝」を見るという目的はもちろん、今は休館中(ほとんど潰れているに等しい)で、いつか取り壊されてしまうかも知れない宿泊施設「天人閣」の姿を見ておきたかったというのも、天人峡を訪れた大きな理由の一つである。

天人閣

天人峡温泉と旭岳温泉

  旭川方面から旭岳方面に進んで行くと、大きな看板が立っており、右に行くと天人峡温泉、左に行くと旭岳温泉の分岐点になっている。

  途中まではほとんど同じルートを辿るが、行き着く先の様子はまるで違っている。旭岳温泉の方は、観光シーズンともなれば登山客や紅葉の観光客が大挙して訪れ、ロープーウェイ乗り場も登山道も大賑わい。大きなリゾートホテルが軒を連ね、満室状態が続く。かたや天人峡温泉といえば、2020年現在宿泊できる施設は1軒のみであり、潰れたホテルが廃墟として残っているという有様だ。

天人峡に残っているホテルの廃墟(天人峡グランドホテル)

 双子のような存在でありながら、かたや繁栄し、かたや廃れ…。陰と陽という感じである。そんなわけで、大型バスなどで天人峡にお客様をご案内するということも、今では滅多に無くなってしまった。最近では、団体ツアーでこの辺りに宿泊となれば、旭岳温泉に行くのがフツーで、天人峡に泊まるとなると、マニアック臭が漂う。

 しかしながら、私は天人峡という場所に、何となく心惹かれる。

天人峡温泉といえば「天人閣」だった

 天人峡温泉で、最も歴史があり大型の宿泊所が「天人閣」である。2018年から休館となっているが、オヤ会社が変わったりして、長いことほったらかしになっている。肝試しの連中が、建物内をうろついているのか、ガラスが破られ、壁に落書きされている様子を見ると、ホテル再開は甚だアヤシイ。日帰り入浴再開との噂もあったが、一縷の望みも、今回のコロナによってプツンと切れてしまったかも知れない…。

 天人閣の歴史は、明治30年にまで遡る。松山多米蔵氏が鉱物資源の探検をしていた頃、アイヌの道案内で温泉が湧き出ているのを発見。近くには見たこともないほど大きな滝(現羽衣の滝)があり、旭川にも近いため発展は間違いないと確信したという。その後、旅館を開き、営業を開始。「松山温泉(天人峡温泉)」の誕生である。明治の終わりから、大正時代にかけて、登山者が増え始め、大雪山全体が注目を浴び始めると共に、層雲峡や旭岳にも温泉宿が開業。昭和に入り、道路が造られ、バスが運行されるようになると、天人峡温泉はますます繁栄していくことになる。

現在の施設が建てられたのは昭和39年の頃。昭和48年には、ボーリング場が造られ、大浴場には子供用滑り台、ジェットバス、屋上は駐車場だった。

しかし2000年以降は、様々な不正が明るみとなり、坂道を転がり落ちていくように斜陽化。私が初めて天人閣を訪れたのは、2015年2月の頃であり、終焉へのカウントダウンはとっくに始まっている頃だった。

天人閣に2泊、安いツアーだったんだろうなあ(笑)

 天人閣に大型バスでお客様をご案内したことが、忘れられない記憶として残っている。何日間の行程かは忘れたが、2泊も天人閣に宿泊したのである。当時は数年後に潰れる宿、などとは思いもよらなかったが、今から思えばワラにもすがる思いでツアー客を受け入れていたのかも知れない。夕食のバイキングの品数は少なかったのを覚えている(笑)。

 建物に続く橋が狭いため、玄関口まで大型バスをつけることができない。荷物だけバンに積み替えて、坂道をお客様に歩いていただくというスタイル。

忠別川にかかる橋を渡らないと旅館にたどり着けない

 たくさんの荷物を積み替え、車で運び、それを下ろし、フロントでお客様に鍵を渡す。それら全てを1人の白髪の従業員が行っていた。その時は「よく動くおじいちゃんだな〜」くらいにしか思っていなかったが、ただ単に経営がヤバかっただけなのだ。

 当時は「羽衣の滝」まで行くことができなかったため、残念に思っていた。その時フロントにあった羽衣の滝のポストカードを、その従業員さんからいただいた。残念ながら写真は載せられない。死ぬほど探したが、見つからないのである。あのおじいちゃんは、今どこで何をしているのだろう?

天人閣正面玄関 ガラスは破られ、落書きも多数されていた

いろいろツッコミどころ満載だったけど、強烈な記憶が残っている

 これも残念ながら写真などはないが、お風呂も強烈だった。天然の岩壁がお風呂の壁! 屋根を岩にくっつけているため、どうしても隙間から風や寒さがダイレクトに肌に当たる。しかも湯船はぬるい!(笑)露天で体を洗うような寒さだった。お風呂は男女入れ替えで、次の日はちゃんとした室内のお風呂で安心したものの、今度は湯船が熱かった記憶がある(笑)

 いざ寝床に入ると、古いボイラー暖房にありがちな「ウォーターハンマー」音がカンカン鳴り響いていた。それも一晩中カンカンカンカン鳴り響いていたが、仕方なくガマンして寝たのを記憶している。2泊だったので、次の日もガマンしたのである。どうしても、部屋を変えてくれとは言えなかったのだ。今なら言うが(笑)。

 たまに古いホテルなどで、ウォーターハンマー音を聞くと、一晩中カンカン音が鳴っていた天人閣のことを思い出す。

※ウォーターハンマーによる深刻な事故もあるみたいなので、笑い事ではないようです。

 天人峡を仕事で訪れたのは、後にも先にもその一度きりだった。「羽衣の滝」が見られるようになると、その後すぐに天人閣は廃業になってしまったのだから、皮肉なものである。現在天人峡に宿泊できる宿は、一軒のみ。どの観光客も、羽衣の滝を見にいくには、必ず天人閣の前を通過しなければならない。道路さえなかった時代から、温泉宿が開業、山の中には似つかわしくないボーリング場や屋上駐車場までできた施設が、今は廃墟となっている。そんな栄枯盛衰を、横目で見ていく観光客のほとんどは知らない。

 柱状節理と羽衣の滝しか見るものもないが、私が天人峡に不思議と魅力を感じるのは、天人閣の思い出のせいかも知れない。最後の一軒のお宿には、ぜひ頑張ってもらいたい。

現在の天人峡唯一の宿泊所 しきしま荘

 

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