天北線−浅茅野駅跡(猿払村)

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かつては音威子府駅から稚内駅までを結んでいたJR天北線は、1989(平成元)年に廃止となったが、かつての駅のホームなどが残され、地元の方々の手によって保全されている。今回は猿払村浅茅野(あさじの)駅を訪ねた。

駅名標が美しい

目次

天北線の時代

 南樺太が日本統治下にあった時代、南樺太への連絡船が運航していた稚内へと、多くの人々が押し寄せた。そういった人たちの足となったのが、天北線であった。

 しかし、第二次世界大戦後、南樺太は日本の領土ではなくなったので、それに伴い稚内に来る人も減少し、天北線の利用者数も減少していった。ついに、1989(平成元)年に天北線は廃止となった。

廃止となった後も、駅の跡などが残っている場所もある

 鉄道が廃止となった後も、駅の跡や駅名標が地元の人たちによって保全、復活を遂げた場所もある。猿払村にあった浅茅野駅は、地元の人たちによって美しく残されている。

ホームの跡
線路の跡

廃線から約30年経つが、線路の跡がはっきりと残されている。この線路を、たくさんの人々が夢と希望を抱いて往来したことであろう。



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